「小澤征爾さんと、音楽について話をする」小澤征爾X村上春樹

小澤征爾X村上春樹

音楽と文学。

音楽と文学は使うツールがまったく違う。かたや、「音」であり、もう一方は「文字」。音楽は「聴き」、文学は「読む」。そんなまったく違う分野を究めた二人が出会った時、なにが共通話題となるのか。そんな緊張を孕んだ対談集が、この

「小澤征爾さんと、音楽について話をする」 小澤征爾X村上春樹

です。

対談集といっても、村上春樹さんのことですから、普通の対談というには内容があまりに深く、高い。小澤さんと村上さんという、音楽と文学を究めた二人の話す内容は、時としてついていけなくなるほど高度。それなのに、読んでいてとても心地良い。そこには、美しいアンサンブルのように、小澤さんと村上さんの心の共鳴があちらこちらで鳴り響いています。

文章を紡ぎ出すのは、村上さんだから、実にクッキリと鮮やかに小澤さんの「ヴォイス」を聞き取り、書き起こしています。読者である僕らは、小澤さんと村上さんが話す横で、ひっそりと聞き耳を立て、おすわりをしている静かな犬のようです。

第一章は、僕の好きなグレン・グールド(ピアニスト)について、ページを割いていて、とてもうれしい内容です。グレン・グールドの全集が欲しくなってしまった。それに、オーケストラも聴きに行きたくなる。

とても高度な会話が交わされるので、一字一句読み逃すまいと集中していないと読めないので、1章読み終わると結構くたくたです。この原稿を書いている時点で、2/3 くらい。あと、1/3 あります。読み終わるのがもったいない。

グレン・グールド

グレン・グールドのピアノが好きです。

こんな風に書くと、クラシックに詳しいと思われるかもしれません。でも、僕は全然クラシック音楽そのものには詳しくないのです。

はるか昔、フリーでプログラマをしていた時代がありました。基本的に、一人で黙々とプログラムを作成する毎日。ラジオが好きだったので、ルーティンワークをこなす時には AM ラジオ。プログラムをする時には、NHK FM を聞いていました。当時のNHK FM は主にクラシックが流れていて、特にクラシック音楽に詳しくない僕は、単なるBGM として、なにか音が流れていれば、注意を奪われることもなく、プログラムに没頭できたのです。

ある日、いつものようにNHK FM にチューニングし(YAMAHA のアナログ式FM チューナーだった)、プログラミングをしていました。特に変わったことが起きる気配はありませんでした。

ふと異常に気がつきました。最初、何が起きたのか分かりませんでした。自分の体が自分じゃないみたいで、気がつくとタイピングが止まっていました。手をキーボードの上で止めたまま、何が僕の手を止めたのか、自分を点検しました。

耳です。耳のせいだったのです。

僕の耳は、10cm のフルレンジスピーカーから流れてくる音楽に集中していました。その集中がすごかったので、脳はすべての処理を耳に振り向けて、手は止まってしまったのです。僕は手を動かすことをあきらめて、耳に神経を集中しました。

初めて聞くピアノの曲でした。しかも、それはとてつもない引力を持った音楽でした。クラシックにまったく興味がない僕でも、何か得体の知れない魅力を感じるほど、強烈な光彩を放っていました。音の一音一音が、空間を穿ち、削り、音そのものが空間を変えていくような迫力を持つ音です。

なにか分からないまま、僕は、急いでカセットデッキ(当時は、カセットでした)の録音レバーを押し込みました。途中からの録音になったけれど、この瞬間は絶対に逃してはいけない、という強迫観念のようなものが芽生えていました。

プログラミングをすっかり忘れ、目を閉じて、僕はそのピアノ曲をじっと最後まで聞きました。曲の終わりに、NHK のアナウンサーが、正確だけれど抑揚の乏しい声で、

「ただいまの演奏は、グレン・グールドの『ゴールドベルク変奏曲』でした。」

と、宣言するのを、急いで書き留めました。正確には、「グレン・グールド」も、「変奏曲」もそういうことだとは知らず、言葉のまま、書きました。

こんな風にして、グレン・グールドと邂逅した僕は、それからかなり長い間、途中の楽章から始まる「ゴールドベルク変奏曲」をずっとテープで聞いていました。レコード(まだ、CDプレイヤーは高価だった)を買えば良かったのだけど、僕にとっては途中から始まる「ゴールドベルク変奏曲」が完成形でした。そこには、何度聞いても初めて聞くような新鮮さがありました。最初の楽章を初めて聞いたのは、ずっと後のことです。

今は、iTunes でCDを取り込み、PC につないだスピーカーで、グレン・グールドを聞いています。この本を読んでいて、改めてグレン・グールドのCD を集めようかと思い始めました。

今日のおすすめ

クラシック音楽が好きな方、小澤征爾さんの音楽が好きな方、村上春樹さんの文章が好きな方。決して、後悔はさせません。是非、この本を読んでみてください。

「小澤征爾さんと、音楽について話をする」は間違いなくおすすめです。


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